トイレから異世界へ?!
「じゃあ、トイレにいきましょう」
河原崎は、コンビニ店内のトイレを指さした。
「えっ、トイレ?ってなぜ?」
(トイレに何を隠しててあるのかな?)
尊は素直に河原崎の後をついて行った。
河原崎がトイレのドアを開けた。
「ちょっと二人で入るには狭いですけど」
「えっ、二人で……」
(もしかしてこれヤバいやつか?!)
「すっすみません、そっそれは無理です。」
(河原崎さんって男色?!、俺の体に金を出すってことか……大学の学費を出してくれる代わりに、俺の体をってことか!)
尊は想像して悪寒に震えた。
「いや、ああっと、何か勘違いしていますかね?」
河原崎は両手を振って、違う違うというジェスチャーをしたが、尊は後ずさりした。
「いや、私に変な趣味はないですから、ちがいますよ。あはは、やだなあ、ここが入り口なんですよ……ただ、入れるかどうかは多神君しだいなんですが。じゃあ一人で先に入ってみてください」
「えっ、入り口?ひっ、一人で……ならいいですけれど」
尊はおそるおそるトイレに近づいた。
「入ったら、『怨霊崇徳を滅することを誓います』と唱えてみてください。但し今の多神君が後悔していること、なんとしてもやり直したいと思う気持ちを、全身全霊でその言葉に込め下さい。多神君が入れたら、私も直ぐ続くので待っていて下さいね。あっ鍵はかけないで下さいね」
(えっ――なんだって?入れたらッてどこに?訳わかんないんだけど……)
「あっ質問は今は無しです。入れない人に話すことはできないので。今話せるのはそれだけです。私を信じてやってみてください」
(危険はなさそうだし、言われたとおりにしてみるか……)
「一人でいいんですよね?」
「はい。私はドアの外にいますから、中に入ってドアをしめ、唱えてください」
半信半疑、いやそれ以上に疑う気持ちの方が強かったが、とりあえず尊はトレイに入った。
河原崎はトイレのドアをしめる。
「ではさっき言ったように、心の中にある思いを吐き出すように、『怨霊崇徳を滅することを誓います』と唱えてください」
ドア越しの河原崎の声が聞こえた。
尊は今の自分の後悔と、やり直したい気持ちを改めて思い起こし呟いた。
「怨霊崇徳を滅することを誓います」
『よかろう、示して見せよ』頭の中でそんな声が聞こえた気がした。
次の瞬間、尊は6畳ほどの広さの和室にいた。
「えっ!まじか――本当に来たのか?これがライトノベルでよくある異世界転生ってやつなのか、剣とか魔法とか、猫耳少女とか、金髪エルフとか……」
思わず声に出して叫んだ尊は、すぐ背後に気配を感じ振り向いた。
「かっ、河原崎さん!いつのまに――」
「いえ、多神君は死んだわけではないですよ。転生はしていません。異世界っていうのは、間違いないと思いますが……いやあ、今の若者は、アニメとかのせいなのかな?理解が早くてありがたいです。年齢の高い方は、たいてい『夢を見てるのか』、『死んだのか』とか、なかなか納得してくれなくて、説明が大変なんですよー。」
(いや、俺だってそうだし……そんな事は現実的にあり得ないって今も思ってますけど)
「でも来られましたね。多神君はその素質が十分あると感じましたが、やはりそうでした」
河原崎は満足そうに微笑んだ。
「この部屋は高天原、つまり神の住む場所とつながっている小屋みたいなものです」
「えっ神?」
河原崎は、出入り口と思われる襖になっている引き戸を指さして言った。
襖には、どこかで見たことのある怨霊の絵が書いてる。
「そしてこの襖の外は、死者の世界ともいわれる黄泉世界です。現世と来世の間にある世界です。その絵の怨霊、崇徳上皇が、今この黄泉の国で怨念を拡大しつづけています。既に黄泉世界の七割を侵食していて、安全な領域は三割ほどしかありません。千年ほど前は怨霊の浸食は一割程度だったそうです」
「黄泉の国って、死者のいるところですか……」
(実はトイレの中がVRMMOとかの仮想現実世界の実験場とかだったりして?いやそんなものトイレに作るわけないし…だいたいまだそこまでVRは進化してないだろ……)
尊は頭をフル回転させてなんとか理解しようと努める。
まるで新作MMOの世界設定を説明されているような気がしてくる。
「この世界が侵食されると現世に悪い影響がでます。どれとは言えませんが、すでにあまたの悪い出来事がその影響を受けたものだそうです。この黄泉世界が全部侵食されてしまうと、現世は更に生きにくい世界になり、また死んでからも神の国に行って輪廻転生ができなくなるのだそうです。そのために神は現世から怨霊崇徳を滅するため、その意思のある人間の魂を呼び寄せ、討伐者として使命を与えています」
「討伐者ですか、怨霊を倒す……でもどうやって?」
「神はその眷属らに命じて、討伐者に術を与えてくださいます。ただし職のようなものがあって、前衛で盾を持って守るもの。主に槍で戦うもの、後衛として回復をするもの、結界を張って仲間を守るもの、式神を使役して、遠距離で妖怪を攻撃するものなどです。一週間ほど修行を行うことで術を獲得でき来ます」
(まじか、ここでリアルMMOできるってことか、すげー!)
「なんだか和製MMOのクラス選びみたいですね。金髪エルフとか、猫耳少女とか、ゴブリンとかはいないんですか?」
「いや、その、エルフとか、魔物とかにはあったことはないですね。多神君の好きなMMOでいうと、ここは倭国サーバで、その仕様として敵は妖怪って感じでしょうか。西神領域とかもあるみたいでそちらはゴブリンとか、サタンでるようです。エルフとかは多分そちらにいるのではないでしょうか。あっ、でも神の眷属の狛犬とか、白狐とか、耳のある人たちはいますね。白狐はたいてい美少女の姿ですよ」
「おお!いるんですね、いるんですね!」
(やったー、ネコ耳の美少女とかいるんだ!なんかワクワクしてきたぞ――)
「行きましょう、直ぐ行きましょう!」
「まだだめです、神様の声を聴いて判断してください」
河原崎は慌てて襖の方へ向かおうとする尊を引き留めた。
「神様が、ここにいるんですか?」
「はい。では、神様、少彦名命様、この者にお言葉をお願いいたします」
「――であるか」
(うわっ――なんだ、この声!……)
それは部屋全体から湧き出でたような声だった。
全身に鳥肌が立ち背中がゾクゾクした。
「おぬしは現世の人生をやり直したいのか?」
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